言霊を受けとることが大切になってくる時代
9月21日に助けあいジャパンで知り合うことになった外科医である松村先生(marc)さんの講演会に行ってきました。おおまかな流れは以下を参考にしてください。
Sand and Gem (the Final Call) イベント告知ページ
講演会に参加した人の感想
人生の全ての出来事が「ご縁」で繋がっている。
人生の全ての出来事が「ご縁」で繋がっている
marc先生 本人の記事
はじめに
簡単に経緯を説明すると、松村先生は今年の4月に脳腫瘍が見つかり緊急手術することになったんです。しかし、手術は奇跡的に大成功したようで言葉を失うこともなく、今に至っています。そんな経験をした結果「今、自分が思うこと」を伝える、という講演会を開催することに。
最近微妙に忙しくてスケジュールが不安定だったのでいけるかどうか分からなかったけど、これはその場に行って聞かなければ意味が無い、と思い 「この日はダメダカラ〜」 と チャンドンゴン風味に一ヶ月ほど叫び続けていたら、なんとか暇ができて行く事が可能になりましたw
その場にいなければ意味が無い、と思った理由は、震災以降「つながり」というものについて考えさせられる機会が多くなり、いくつか思うことができたから。この講演の文脈で言えば「縁」の事。
簡単につながれる時代のつながりの意味とは
時代的には Faceboook、Twitter等のいろいろなソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下 SNS と略称)で簡単に他人とつながることが出来るようになった。そういったシステムの出現によりつながりが軽くなった反面、広く、長くすることが可能 になった。
この軽く、ゆるくつながっている感の恩恵を受ける一方で「つながりの薄さと濃さ」というものについて考えさせられることが多くなった気がする。特に冬合宿以降はそんな事をよく考える。
SNSが批判される理由として「リアルな人間関係こそ重要で、バーチャルな関係などいくら増えた所で大した意味は無い。そんなバーチャルな事だけで済ましていたら人間関係が希薄になるから、むしろ害がある」みたいなことがよく言われます。まあ、言いたいことは理解できる。僕もそこまでは思っていなかったにせよ、実際に使ってみるまではリア充専用ツールと思っていたので、基本的には 爆破対象 でしたw
なもんで、おちょくりを兼ねてアイコンにアルプスの少女ハイジのペーターを使っていたら、いつのまにかSNS上のであだ名がペーターになってしまい、もはやアイコンが変えられない状態にw まあ、そんな感じで結果的にリア充様(SNS)からのしっぺ返しを食らうこととなりましたとさw
ってことで話を戻すけど、SNSの面白いと思う所は、批判されているようなリアルとバーチャルが独立して存在し続けるようなことは多分あまりなくて、奇妙にシンクロし、シナジーを起こすところがある、という所。
その昔電話というものが出現した当時も同じような批判があったようで、どんな批判かというと
「顔を突き合わせて会話することが重要なのであって、そんな電話などというもので会話を済ましていたら合う必要がなくなって、必然的に人間関係がおかしくなり、結果として社会全体がおかしくなる。電話なんて使わずに会って話すべし 」
そんな社会の重鎮様(オールドタイプリア充)たちからの的確な批判w でも、普及した結果、電話使用の一番の用途は「会うための約束を取り付ける事」 であった。記憶は定かで無いが、そんな話を聞いたことがある。
この経緯って、SNS批判とよく似ていると思いません?
SNSをそれなりに使ってみて思うことは、人間関係が希薄になると言うよりは、リアルであった時のコミュニュケーションの密度が上がる、という効果の方が大きい、と言う事。簡単に言えば、「最近どうしてる?」系の探りあいコミニュケーションや話題探しのためのジャブ打ちが必要なくなって「そういえばあれってどうなった?」という、いきなり自分が知りたい本題にはいれて、ちょっと深い話ができるようになった、という事。事前に入手している情報が多いからだど思う。
ネットで交換できるもの、出来ないもの
ネット、SNSの出現により多くの情報を入手することができるようになった。文字情報だけでなく画像や動画までとかなりの部分まで情報として入手することが出来るようになったので、電話発明当初に比べれば、会う必要性はかなり減った、といえる。でも、だからといって会うことをやめたのだろうか? 多分そういうことはなくて、むしろ会うことが増えたんじゃないだろうか?
交換できる情報は圧倒的に増えたのに、それでも会うことをやめないのはネットでは交換できない情報以外の何かを交換したいからなのだと思う。では、それは一体何なのか?
それは多分 言霊(ことだま)の交換 なのではないか?
と、僕は今のところ考えている。言霊がよくわからない人はココらへんを参考にして下さい。「言霊の国」 -言霊とは何か?- 。もっと知りたい人は 言霊信仰 でぐぐってみたらよろし。
言霊とは簡単に言ってしまえば「言葉には魂が宿る」という考え方、もしくは思い込みの事。僕なりに表現すれば「声には魂が宿る」 という考え方。Skype、動画等で簡単に交換できるようになったことで交換できる情報の80%位、人によってはもっと高いのかもしれないが、その位は会う必要なく手に入れることが可能になった。
でも、どんなにテクノロジーが進んでもきっと人は会うことをやめない 、と思う
それは多分、情報だけではその出来事が心からすべり落ちてしまうからなんだと思う。出来事が心のなかにとどまっておくには、情報の他に、呼吸、声、間、表情、集まった人、場の雰囲気、温度感、空気感 とかが複合的に重なる必要がきっとある。
心の中にあるパレートの法則
もしかしたら、声を聞いたことによって生まれた、心のあたたかさや落ち着き、納得感、幸福感が残っていさえすれば、声で表現された言葉という情報部分は全部なくなっても良いのかもしれない、そんなことをよく考える。
パレートの法則じゃないけど、80%の情報部分の価値は、20%部分である言霊が呼び起こした 人の熱 みたいなものが決めているんじゃないかと思う。だとすればその 熱感 さえ覚えておけばすべての言葉は忘れていいのかもしれない 。
ここで突然話を変えるけど パレートの法則 ってなんで「80:20」なんだろう、って考えたことがあって、ふと「これって空気の組成由来なのかも? 」と思ったことがあるんです。
空気の組成って「窒素 78.08%,酸素 20.95% ,アルゴン 0.93%,二酸化炭素 0.034%,ネオン 0.0018%,ヘリウム 0.00052%」とからしいんだけど、酸素って約20%じゃない? で、人間が生きていく為に必要な部分てその20%の酸素部分だよね? これってパレートの法則だな、ってw
で、ね。なんでこんな話をとーとつにしたのかというと
人の体が生きていくために必要な物が 酸素 であるなら 人の心が生きていくために必要な物とは 言霊 なんじゃないか?
ってことが言いたかったからw 人の心が生きていくために必要な熱を呼んでくれそうな言霊を選び出すために、情報が必要なのかも? なんとなくだけど、情報爆発の時代 というこれからの時代の情報の価値とはそんな所にあるんじゃないかと思うことがよくある。
ネットの出現で情報の交換における距離の問題はほぼ無くなった、といえる。でも、言霊の交換は、声が聞こえるか聞こえないかの話でまさに距離の問題だから、ネットでは解決できないと思う。Skypeとかの音声がどれだけクリアになっても、おそらく無理だろう。
なぜなら 声帯のふるえは心のふるえ だと思うから
スピーカーの震えでは代用できない代物と思う。そう思うから、心に刻んでおきたいことがあるならその場へ行って声を聴く必要がある 、と考えている。だからどうしてもこの講演はその場で話を聞かなければ意味が無い、と思ったわけ。
言霊を受けとりに目黒へ
あいかわらず、序文が長いわけですがw ここからが本題。最近そんなかんじで「言霊を交換するために人は会うことをやめないのだし、大切な言霊を見つけるために情報が必要になってくるのだ」と考えているために、目黒へはどうしても行きたかった。で、チャンドンゴン のおかげで無事いけることになったのは前述のとおりw
講演の内容は上記で示した参加者たちの記事を読めば大体理解できると思います。でも、それはやはり情報部分の話であるから、僕はその情報とともに受け取った言霊が呼び起こしてくれた熱の話をしたいと思う。
最初の方は、自分の患った病気の説明、5年後の生存率は8%と言う医者としての自分の見立ての話。淡々と語っていたことが印象的だった。
ありがとう、では伝わらない想い
marc さんは、自分の死を意識するまでのいままでの生き方を鎧を重ね着し続けるような「積み重ねる」 プロセスであるとするなら、死を意識してからの生き方は「削り落としていく」 プロセスだった、というようなことを語っていた。
そうやってそぎ落とす過程で残ったものを思うたびに、感謝の気持がわき起こり、安らかな気持ち、全てを解き放った自由を得た、と語っていた。つづけて
この気持ちをどう表現しようか考える。ありがとう、と表現したい所だけどなにか違う気がする。いまのこの気持ちを表現するなら「ありがとう」ではなく「ごちそうさま」 理由はよくわからないが、ごちそうさま、という言葉がしっくりくる
たしかそんな事を語っていた。
ごちそうさま、か。
この言葉を聞いた時、僕は奇妙に納得したのです。ごちそうさまを漢字で書くと「ご馳走様」らしいのだけど、馳走とは、本来「走り回ること」「奔走する」事、を意味するらしいです。つまり、「ご馳走様」とは美味しい料理だった事に感謝する言葉ではなく、美味しい料理を用意するために走り回ってくれた人達への感謝 を表す言葉、な訳です。
この講演の文脈で言えば、温かい気持ちへの感謝ではなく、そんな気持ちにさせてくれたこの講演会を実現するために走り回ってくれた人達、そしてこの場に馳せ参じてくれた人達への感謝と解釈することができる言葉になるわけです。そう考えれば
温かい気持ちへの「ありがとう」ではなく走った人達への 「ごちそうさま」
すごくしっくりきた。
人生の意味を整理し最後に残ったもの
終盤にかけ、そんな風にどんどん削ぎ落すことで最後に残ったものについての話をされた。
削ぎ落とし続けて最後に残ったもの。それは
自分自身という存在
そして
という事実。
人生の全ての出来事が「ご縁」で繋がっている
という事。
そんなものが残った、と語っていた。もしかしたら、他の参加者は違うものを感じたのかもしれないし、marc先生の伝えたかったことも違うものだったのかもしれない。でも、僕の心のなかに残ったものはこんな感じだった。
ここにともにいるという事 声の届く距離にともにいるという事
そういったものが marc 先生の心の中で安らかな気持ちへと変わってゆくのだとすれば、言霊を聴きに来たという僕のちいさな行為も、安寧のひとかけらを担うことができたのかもしれない。もしそうだとしたら、お役に立てて本当に嬉しいと思った。
それぞれが大切にしている問い
講演自体は上記スライドをもって終了しました。その後、質疑応答が行われ、新生児が専門の医者である夏合宿参加者のほしくりさん、marc先生の旧来の友人であり助けあいジャパンのさとなおさん、そして助けあいジャパンや合宿関係でお世話になっている石川さん、と僕にとっては馴染みの深い人達が質問に立たれました。その質疑の内容がとても感慨深かったのでちょっとご紹介。
ほしくりさんは「新生児の医者として、治療が終わった後にも障害が残りそうだと経験上わかってしまうことがある時、治療を迷うことがある。そういう医師としての命を扱うことについての意見を聞いておきたい」正確ではないかもしれないが要約すると、たしかそんな内容の質問をされていた。
あー、医者らしい質問だな、と。合宿での知り合った方なので医者という側面より、人間ほしくりさんという部分と接してきたので、医者と医者との魂の会話が聞けたことがとても感慨深かった。
つぎはさとなおさんの質問で「削って削って身軽になることで得られる平穏、心軽さは大切なことだと思うのだけど、一方で一生懸命に努力して鎧を重ね続けることで得られる重苦しさも人生においては必要だと思う。この心の軽さと重さのバランスはどうしたら良いか?」たしかそんな内容の質問をされていた。
さとなおさんは、心のバランスの話かぁ。この質問もまた感慨深かった。
で、問題は石川さんの質問w 石川さんの質問は「marcさんとかからも昔から言われていたけど、僕もとうとう健康に気遣うようになり、だいぶ前からダイエットし始めて今では 20kg位 痩せました! とはいえ、毎日食事が味気ないので毎月29日だけは「肉(29)の日」 と決めてまして、肉を食べに行くようにしているんです。ということで、marcさん!! 今月29日 肉食いに行きましょう!! (会場笑い) 」
石川さーぁん、それ質問じゃないよね!! と心のなかで即座につっこんでしまったw でも、この質問が一番感慨深かったかもしれない。
こういったシリアスなテーマでは、その人が大切にしているものが自然と出てきてしまうと思うのだけど、
ほしくりさんは 「命の扱い」 の話 さとなおさんは 「心のバランス」 の話 そして石川さんは 「肉」 の話(笑) と
お後がよろしいようで、、、 じゃなくて、です。石川さんは多分あまり考えずに肉の話をしたような気がするという妙な確信がある のだけど、僕なりの解釈を加えると、シリアスなテーマだからといってシリアスな自分を演じてしまう傾向 があることに、石川さんのなかでちょっと違和感があるのだと思う。
こういうシリアスなテーマだからこそ、普段通りの自分、いしじゅん語録的にいうなら「ありのまま」 の自分で接するべきだ、というポリシーを僕は感じた。で、「肉」(笑) と。
わりと論理が飛んでいる気がしないでもないけど、そんな気がしたんです。あとは、会って話すことが重要 、というポリシー。あぁ、すごくいしじゅんだな、と。
で、思ったんです。僕はこの文章を書き始めた時、扱っているテーマがテーマだけに真面目一辺倒で書こうと思っていたんです。でも講演での「肉の話」を思い返すたびに、やっぱりそれってシリアスな自分を作っているってことだな、と思うようになって、いつも通りに所々必要のない小ネタを挟む という、あいかわらずの方針に戻しました。
だから、初めて僕の文章を読む人にとっては、ちょっとイラッとする部分ってきっとあったはずです。でも、そんなふうに書いたのは、それがいつも通りの僕の文だからです。
ちょっと想像してみて下さい。
自分の葬式の時、参列者に泣いていて欲しいですか? それとも笑っていて欲しいですか?
石川さんも、marc さんも「笑っていて欲しい 」と答える人のような気がするんです。だから、その人達を語る時に笑うことを無理に引っ込める ことって良くないことだと思ってしまって。だから、いつも通りの文調で書きました。
最後に自分なりにシンプルにまとめてみる
この講演で受け取った言葉は沢山ある。しかしmarc先生のこの講演での智恵に従い、この記事の終わりにたくさん受け取ったものをあえて削りに削ってみてシンプルな言葉にまとめて見ることに挑戦してみようと思う。
色々と思うことはある 言葉も沢山浮かんでは消えていく 時を経ればまた違う言葉が思い浮かぶのかもしれない
でも、今僕の心のなかに思い浮かぶ言葉、それは
すべての縁にごちそうさま
裏部隊ムービー作成日記
夏合宿の裏部隊活動の一環としてムービーを作成することに決まった。この記事はその作成の過程をつづったものです。完成したムービーには個人情報が含まれているためいまのところ一般公開する予定はないので、残念ながら見せることはできませんが、よかったら作成日記をお楽しみ下さい。
まずは、ムービー制作のきっかけから。きっかけは、裏部隊のテーマは何にしようか? という事を議論していた時に出たアイデアから。テーマについては、だいたいのことはFBでのコミュニケーションによってきまっていたのだが、具体的なアクションに落とし込まれたのは直前に行った7/26の意識合わせだった。そこでいままでテーマや目的について色々と話をした結果
「無理をしない」 「一年のつながりを感じてもらう」
というテーマに決まった。普通に聞いたら裏部隊のテーマとしては少し違和感を感じるだろう。そこら辺に関してはおいおい説明するとして、とりあえずそう決まったと理解して欲しい。
そこで、今までの参加者から、夏合宿参加者に向けての140字位の短めのメッセージをもらってムービーを作成したらどうだろうか? パワーポイントとかで、ポンポンとメッセージが流れる感じの簡単なやつでいいから、という話になり、僕がKeyNoteをそれなりに使えるのでKeyNoteで作ってみるわ、と言う話に落ち着いた。
次回の意識合わせは29日だったので、その日に合わせてサンプルムービーを作ってみたのだが、作っていくうちに140字位を一枚絵に収めようとすると文字が小さくて、バスの中での視聴には耐えられない事に気が付き、2回目の29日の意識合わせの時、ハンズオンで修正し、今の一画面MAX40字前後に落ち着いた。
集め始めは、集まりが悪かったせいか似たようなメッセージだったり、方向性が若干ずれているかのようの感じるかのように感じ、正直うまくメッセージが伝わるのかどうか不安だった。だから、合宿後のレポートから僕が印象に残ったフレーズを僕視点で切り取ってメッセージ化した方が統一性があるし、メッセージ性が強くなるのでそうしようかとその時は思っていた。
今思えば、クリ可参加者を甘く見ていたと反省しきりなのだが、当時は「一年のつながりをどう伝えるか?」にばかり気を取られていてその不安ばかり気にしていた。だが、メッセージが集まりだし、メッセージを送ってきてくれた人のその人らしさを感じる写真を色々なところから探し出し、メッセージを合わせてスライドを作ると、不思議と強いメッセージ性を感じるようになった。
そうやって作り続けるうち「これは大丈夫かもしれない」と思い始め、積極的にメッセージ集めをするようになった。そんなことをするうち、いしじゅんからメッセージを貰いそのメッセージを見て「これしかない」と確信した。以下がそのメッセージ。
いしじゅんメッセージ最高!!
凄くいいメッセージだと思いませんか?
このメッセージをちゃんと生かさないとダメでしょう、とおもってこれは中途半端な作品には出来ないと考えるようになり、当初はやり方が分からなかった為、やるつもりがなかったBGMに対応したスライドの作成、エンディングのBGMを入れ綺麗に終わるようにする方法を探しなんとか形にした。
このムービーの最初のタイトルは「夏合宿参加者に伝えたい言葉」だった。でも、何度も見返し、メッセージの順序等を調整していくうち、これは未来の仲間に対するメッセージなんだな、と思うようになり少し変な響きの「夏合宿仲間につなげたい言葉」 と変更した。
このタイトリングが良かったのかどうかはわからない。でも、伝えたい言葉ではなくて、つなげたい言葉であるに違いない、とその変更部分に関しては妙に納得している(自己満足とも言うw)。
エンディングロールが必要かも
いしじゅんメッセージを最後に持ってきて、見返してみる。すると、いしじゅんメッセージが響きすぎてそこで終わると、突然終わった感が強く感じられたのでクールダウンの為のエンディングロール的なものを入れたほうが良い気がしてきて、どうしようか考えた。
すぐに思いついたのが「つづけよう、つなげよう」というメッセージを最後に持ってくることだった。でも、この2つのメッセージを突然出されても意味がわからない。だから何を続けるのか? の主語を補填する必要があった。
普通に考えれば、クリエイティブの可能性合宿という企画を「つづけよう、つなげよう」なんだけど、この企画はいつ終わるかわからない。それにお前ら参加したんだからつづけろ! と迫るのもおかしい。でも、続けたいと思える何かがある。それは何か?
それはたぶん「関係性」なのだと思う。
この関係性とは「いつまでも友達でいましょうね」的なものとも若干ちがって「遠くて濃い関係性」 のことだと思っている。活動するテリトリーが違うから、たまにしかあわないのに、あったらなぜかとても懐かしい感じのする関係、とでも言えばいいのだろうか。
そういう遠くて濃い関係だからこそ理解してもらえるものがあり、気がついてもらえるものがあったりするので、そういうものをゆるく共有し合う関係。この関係は合宿という企画が終わっても続ける価値のある関係性とおもったから、そういう意味にも捉えられるようなダブルミーニングメッセージを最後に持ってきた。そのメッセージとは
ともに悩むこの旅をつづけよう。そして、つなげよう。
最初はミスチル的に「ともに悩む終わりなきこの旅を~」とか考えたのだが、長い! と思ったのでセルフ却下 したw
さて、このメッセージの前段階に何枚かスライドを入れたのですが、そのスライドには僕なりのメッセージを暗喩した画像を採用しました。なので、これからその意味を画像とともに説明しようと思います。
エンディングロールに込めたメッセージ
まずはいしじゅんメッセージからエンディングロールへ変わることを意識してもらうために、一枚だけ画像だけのスライドをいれた。画像だけのスライドは全部を通してこの一枚だけ。それがこの写真
この画像は冬合宿(2011/12/24)の時に、裏部隊の人が枯死していくことが判明した一本松を弔うこと目的としたライトアップを実現したのだけど、その時裏部隊のひとが真下から撮影した写真。
この写真は冬、春と裏部隊支援をしてきた人の情熱の根源を一番よく表していると思ったので、BGMの盛り上がりの頂点に採用させて頂きました。
この写真は春合宿の一番始まりであるDDでの顔合わせの時の写真。「これからもたくさんのことに悩み」というメッセージに一番適した画像ってなんだろう、と考えていたら思いついたのが、この顔合わせの時の写真。
たぶん、合宿で一番不安な時ってこの時だと思うのね。帰っちゃおうかと思ったり、期待でどきどきしたり、いちばん悩ましい瞬間だったはず。この悩ましい感じは参加者共通のものだと思ったから、この写真にした。
「迷うでしょう」に合う写真ってなんだろう、と考える。思いついたのが枯死することが決定した一本松を「そのまま枯らすのか、それとも保存するのか」と言う問題についてとても現地の人は迷ったのであろうということ。それを暗喩するために高田松原の跡の写真を採用しました。
迷ったままだと立ち止まったままだけど、時々反抗してみたくなる時がある。そういう時にその迷いを断ち切ろうとするとして出る言葉はたぶん「でも」とかそういう否定する言葉。だから迷いを断ち切るを暗喩するためにハサミの画像を選んだ。
でも、この画像はハサミではあるけど、錆びついたハサミ だ。この画像自体は春に参加した子が撮った写真で クリエイティブの可能性 for 3.11 & myself というBLOG記事の中でこんな事をこの画像に合わせてメッセージしている。
いつしか私たちの気持ちや経験も、この鋏のように錆びてしまうのかもしれない。 何も切れなくなるかもしれない。 思い出話ではなく、生きた話として受け継いでいくために何をすればいいのか。 感じたことに感情という色がついているうちに伝えることの大切さ。
この「いつか錆び付いてしまい、何も切れなくなってしまうかもしれない」という部分がわりと印象に残っていて、この写真を選んだ。
野田さん的にメッセージを伝えるなら
「迷っているなら気持ちが錆びつく前にすぐやれ、いまやれ。時間は限られている 」
となるだろう。僕なりに伝えるなら
「バカとハサミは使いよう っていうじゃない? あなたが今、錆びついたバカになってしまっていたとしても、まだ切れるものがあるかもしれないよ?」
って感じか。
迷って当たり前なんだ、錆び付いて当たり前なんだ、断ちきれなくてあたりまえなんだよでも 錆び付いていたまんまだって切れるものがあるのかもしれない。 そう考えられるバカにしか切れないものは世の中には沢山ある(かもしれないw)
そんなメッセージをこの錆びついたハサミに託した。
迷いを断ち切り一歩踏み出せたとはいえ、その後もやっぱりヘコむことはある。そんな時でももう一歩進めたいと思った時「だからこそ」とか「それでも」とか、自分の心をもう一度奮い立たせる言葉を口にすんじゃないかな。
そんな言葉に似合う写真はなんだろう、と考えたらこの写真が思い浮かんだ。この写真は春合宿の子たちが植えた陸前高田の高田松原の再生を目指して植えた松の木の子供たちの写真。
雑草の中に松が育っている。この写真がもし雑草が綺麗に刈られた状態だったのなら、たぶん選ばなかった。この 雑草(雑念、迷い)の中で育つ松(希望) という構図が好きだから、この写真を選んだ。
正直、高田松原の再生の道のりはかなり厳しいと思っている。この震災で防潮林として松は無力であることを証明してしまったわけだから。そういった意味では松原再生の道には、これからも多くの迷いがついて回ると思う。
でも、人間は意味だとか効率だとか予算だとかだけの世界で生きているわけではなく、希望だとか癒しだとか夢だとか、そういう非効率で無意味ともいえる世界にも生きている。だから、求め願う人がいる以上、その事を支えることにはきっと意味があると思っている。
いろいろな困難が予測されるけど、それでも雑草の中の希望が上手く育ってくれることを願っているので、この写真を選んだ。
最後をどう締めるか?
この写真のあとに「ともに悩むこの旅をつづけよう。そして、つなげよう」のメッセージのスライドを入れ、最後にいしじゅんチェックアウトで締めた。それがこの写真
最初は違う写真を最後に持ってこようかと思っていたんだけど、この写真を見た瞬間「ラストはこれしかない!!」 とおもって急遽差し替え。それもあってエンディングロールを入れようと思ったわけ。この写真、最高じゃないですか。額に飾っておきたい気分w
で、最後は「Fin」で終わろうかと思っていたのね、最初は。ゲームとかのエンディングってそんな感じじゃない。でも作っていく内に「終わり」じゃないな、と思ってこれも違うものに変えた。
そんなドタバタな感じで、ムービー作成が終わったのは出発前日という直前w でも苦労のしがいはあってそれなりに上手くできたと思う(自画自賛w)
最後のメッセージ
僕個人の意見だけど、最後の「つづけよう、つなげよう」っていうメッセージは「合宿という企画をこれからも続けて欲しい」というものではないんです。これはFinしてもいいんです。
ぼくがつづけてほしいものがあるとすれば、合宿という刺激を受けて考え始めた
「誰かにつなげたくなったものとは何なのだろう?」 「これからもずっとつづけたくなったこととは何なのだろう?」
という自分への問い。そしてそれはきっと終わることがない。 だから最後のメッセージは Fin ではなく
君達の終わりなき迷いに乾杯!! そして、参加してくれてありがとう。
夏合宿参加者向け一言メッセージ集(3)
何を怖がっていたのだろう
何を怖がってたんやろう : クリエイティブの可能性 に対するコメント
ぼくが初めて被災地を訪れたのが、2011/12月。その時まっさきに思ったことが 「なんで今まで行く事をためらっていたのだろう」 ということだった。 僕の場合は放射線関係については、陸高が東京と同距離ぐらいにはなれていることは理解していたので、あまり気にしなかったのだけど、こういう言い方が適切かどうかはわからないけど
「悲惨さに心を持っていかれる」 ことを恐れていた。
被災地支援にどっぷり関わってしまうことを恐れていたというか、他のことを考えられなくなることを恐れていた。
結果的にはそんなような状態になってしまったのだけど、良かったと思っている。特に何かを出来ているわけではないのだけど、色々と世界が広がったのは間違いない。それは、出会いとか外向きの世界のことだけでなく「自分が何故そう考えるのだろう?」 という内向きの世界が変わった。というよりそこが変わったから外の世界の見え方が変わったのだろう。
恐れ迷ったままで立ち止まっていたら、ずっと見えなかった世界がある
合宿に参加して、それを知れたってことが一番良かったことかもしれない。
元気がネギしょって歩いている
「元気がネギしょって歩いている」それが僕のこの子の第一印象。もっとも、顔に覚えがあったので、以前会った子であろうことは察しがついたが、それはここで置いておく。そんな印象を持ったのは、冬合宿参加者から「ソルティライチ」 の差し入れを頂いたので、それに感謝を示すために写真撮影をお願いしたら
「ちょっと待ってください。3,2,1と合図しますからそこでシャッターを切って下さい」
と言い出した。なんだかよくわからなかったが、言われたとおりにシャッターを切ったら
ドンピシャのタイミングでこんな写真が取れたw
元気である w 須藤元気より元気が似合う男であるw
そんな感じの子がいろいろと考え、苦しみ葛藤していることが伝わってきたので、いろいろと感慨深かった。
元気というものが自分の心の内側から湧き出てくるエネルギーだとするなら、いまの苦悩や葛藤は心の内側を広げる為に必要で、一つ上の元気を表現できるようになるために避けては通れないものなのかもしれない。ただ、とはいえ結構辛いよね。
だから今はいろいろな人から元気玉を受け取っている最中 なんだと考えればいい。今の葛藤を超えられたらきっとスーパーサイヤ人並の元気エネルギーを解き放てるようになっているんじゃないかな、と思う。まあちょっとウザそうではあるけどねww だから月並みな言葉だけど、あえて言葉にする。
「がんばれ、ぱち!!」
小さな器にたくさんの想い
よく笑う 、というのがこの子の印象だった。だから、この記事を読んで改めて、色々な人がいろいろな事情を抱えながら参加しているんだな、と思った。春は茨城の子が参加して、茨城愛を合宿で確認したり、とか。
茨城方面とか、被災地を故郷に持つ人とか、親の故郷が被災地の人とか、注目されないけど同じ痛みを抱えている人に割りとシンパシーがある。もっとも、だからといって何ができるってわけでもないんだけどね。
いろいろな事情を抱えている人達が集まり、同じ場所で同じ経験をし、同じ宿で違う言葉 を語る
そんな風に同じ時間を共にすると、不思議と心のなかに色々な人の言葉だとか想いだとかが抱え込めないくらい流れ込んでくる。多分合宿参加者はだいたいそんなことを感じるんじゃないかな。 でも、それは良い経験をしたということだから、これから時間をかけて少しずつ消化していけば、小さな器の中でもきちんと昇華できるんじゃないかな 、とおじさんはおもいました、まる
その(4)へ
夏合宿参加者向け一言メッセージ集(2)
ボランティアと効率性
ボランティアの意義ってそこにあったのか についてのコメント 「ボランティアと効率性」 ここらへんは社会人とかだと気になるようで、冬合宿の時も話題になった。ここらへんにちょっと引っかかりを感じる人は、そのひっかかりがどこから来るのか? を知るため、自分なりに理解しておくために一度体験してみたほうがいいと思っている。何かしら得ることはあるからね。
「日本人にとってボランティアとは一体なんだろう?」 震災以降ずっと考えていること。これに関してはいろいろ書けるけど、それはあとにするとして「ボランティア = 奉仕」 あるいは無償労働 と捉えるからおかしな認識になるんじゃないかと今のところ思っている。その認識を ボランティア = コミュニケーション と、捉えなおすとまた別の視点が開けてくる。陸高のボラセンの人の話はまさにそこを言いたかったんだろうな、とすこしだけ盗み聞きしていた俺は思った。というか、IT系の勉強会とかのボランティアはまさにコミュニケーション目的でやってたり、自分が興味をもつ問題領域への知見を増やすために参加している人がほとんどだし、ぼくもそう。
日常を取り戻しつつある現段階では、そういう意味付けでのあり方に変化していくだろうし、変化していくべきだと思う。なによりお互い楽しめるしね。その不謹慎とも捉えられる「楽しい部分」を変な潔癖症からくるストイシズムで修行のような「苦しさこそ正義」 みたいな空間にしてしまうのはもったいないと思うし、害があるとすら思っている。
ゆるふわも必要
はじめに ~前置きに似た言い訳~ に対するコメント
良い文章じゃないかw こういうゆるふわ系の記事もいいね。というかみんな真面目に語りすぎやねん!! とかいうと「おまえが言うな」 と真っ先につっこまれる程には、長文暑苦しい系の文章 をいろいろ書いています、すいません。キャッチーアウトプット いいじゃないですか。冬合宿でも一番シェアされた記事( 東北に行ってきた話 )はゆるふわ系だったよ。非日常で終わらせない ために、キャッチーに書く、っていうのはいいね。
めざせゆるふわ No1 !!
信頼がつなげてくれたもの
できっこないを やらなくちゃ~Part1~ に対するコメント
クリ可の参加者というだけで、私達は信頼され、当時の事を話しても良いと思って頂ける存在になれた。それだけ、クリ可が繋げてきた愛が深く大きいということだと思う。
考えてみれば陸高のボラセンを立ち上げた人の話なんて聞ける機会はそうないよね。僕も聞きたかったけど食事の用意があったから聞けなかった。石川さんをはじめ野田さんらの昔からの地味な努力を知っているだけに、こういうことに気がついてもらえたことはとても嬉しかった。ありがとう。
笑顔が笑顔を連れてくる
これからの笑顔について に対するコメント カメラ越しに見ていた感じでは、防災庁舎や高田松原では沢山の悲しみを受け取っているような印象だった。そんな子が「これからの笑顔について」について書いてくれたことが、なんだろう、地味に嬉しかったりする。そう表現することが適切かどうかはわからないけど。「笑顔が笑顔を連れてくる」 言葉にすれば平凡で陳腐。でも、そんな事に気づくことができる機会が人生のうちでいったい何回あるだろうか。言葉にすればありきたりだから、言葉では伝わらない。でも大切な事だと心から思えるものに沢山気がつく貴重な機会だから直接体験して欲しくて、思わずこう伝えたくなってしまうんだろうね。
ボランティアに行くならクリエイティブの可能性で!
って。
その(3)へ続く
夏合宿参加者向け一言メッセージ集(1)
2012年8月2-5日に実施されたクリエイティブの可能性夏合宿に、裏部隊参加してきました。裏部隊とは、合宿参加者によりよい経験を持って返ってもらえるように様々な企画やサポートを実行する5,6人で合宿に同行するチームのことです。
裏部隊参加のレポートはまた後日上げるとするとして、参加者が感想を次々と上げてきているので、参加者の感想とその記事に対する僕の感想をシェアする目的で記事化しました。
まずは、僕が参加者全体に伝えたい言葉を書いたものから順に紹介します。
縦横に広がる世界
まずは、記事化されていないある参加者からのコメントに対して
空港からのバスを降り鹿児島の日常に戻った瞬間、自分が変わっていることに気づき驚いてしまいました。風景の見え方、感じ方がまったくちがっていたんです..「この場所はこんな活かし方がある」とか 「この人にはこんな可能性がある」 とか ただ、自分の変化は良いことだけじゃなかったです。自分の理想と現実の社会のギャップにも気づかされました。寂しかったし、むなしかった。このギャップを埋めて行くのはきっと俺だし、俺たちだと思います。日常で過ごす中で欲望にまみれることもあるだろうし、思考を止めたくなることもあると思うけど、そんな自分も素直に受け入れて、想いを繋げて一歩踏み出す行為を大切にしていきたいと思います。合宿を通じて、すべてを打ち明け本気で向かい合える仲間を見つけたことに誇りと自信をもって。
遠くからの参加ありがとう。合宿参加後は日常の見方、他人への見方は変わるよね。ここから一ヶ月位は色々と考え続け、悩み続けることになると思う。苦しいこともあると思うけどそれはきっと心が成長するために必要な筋肉痛みたいなもの だから、それを超えればきっとまた別の視界がひらけると思う。僕は春合宿参加後のむけんに感想を聞いた時、一言こんなことを言った。
「世界が縦に広がることは無かったけど、横には確実に広がった」
ここではこの言葉の解釈は置いておこう。僕が伝えたいことは、君達はまだ若いから、きっと縦にも視野が広がるだろう、ということ。そうやって一人一人が感じ取れる世界を広げていくことが多分これからの日本にとっては必要なことなんだ。特に若い君達にとって。
そう思う大人たちが、この合宿を支えているのだと思っている。僕もそう。合宿後も色々と感じ取れるように準備したし、これからも少しづつ出していくつもり。
まずは、ご苦労様。そして参加してくれてありがとう。
微力だけど無力じゃない
次は 『クリエイティブの可能性』 という記事に対するコメント
良い文章じゃないか、涙が出たよ。この合宿にとってのボランティア活動とは「誰かのために役にたつこと」ではなくて「自分たちの出来る事の小ささを感じる」 為の活動だと思っている。だから、君が自分の小ささを感じ取れたのなら、それで十分じゃないか。かつての参加者はこういった
「僕たちの出来る事は微力かもしれないが、無力ではない」
君は微力な存在なのかもしれないが、無力な存在ではない。君がそうして悩み続ける人間で在り続ける以上ずっと微力な存在で在り続けるのかもしれないが、無力な存在になることは決して無い。だから、これからも悩み続け、最高に微力な人間になってくれ。僕はそういう人間こそが最高の魅力を持つ人間 だって思っている。
今一番求めてられているもの
次は 被災地で感じたこと に対するコメント
被災者の方が今一番に求めてるのは【人】
というのは本当そのとおりだよね。だから「つなぐ」が復興支援活動における一つのキーワードになっているんだと思う。ここらへんに関しては思う所があるので、裏部隊参加者として近日中に書くね。ちょっと色々と忙しいので3日以内は無理だけど。とにかく、参加してくれてありがとう。
限りあるもの
次は 自分の目で見て考えること:クリエイティブの可能性 に対するコメント
“時間なんて、思っているよりも全然ないんだ。”ってこと。時間は有限です。
という部分は野田さんテイストだとちょっと思ったw 野田さんの春合宿後の記事 を読んでみるといいと思うよ。全体的に 自分が書いた記事 と感じが似ていたので個人的にはちょっと面白かったです。
ぼくも、自分で行ってみて感じたほうがいいと思ったから「どんな理由付けでもいいから、とにかく一度行け」というだけのメッセージを直後に書き、僕がそこで得た答えが何であるかについては書かなかった。その後のブログはほぼ合宿ネタになってしまったけどねw 後々でいいから、自分が何を考えどう思ったかを文字にしてほしいな。それが誰かに伝えることにもなるし、なにより自分の成長のためにきちんと言語化しておいたほうが良い から。参加してくれてありがとね。 取り急ぎこんなところ。その(2)へ続く
わらしべという言葉に託したもの
5月13 日に春合宿参加者による支援者向けの報告会が行われたので参加してきました。その報告会で、なんかいい事を言ってやろうと思っていたのですが、時間が短かったため不発に終わったので、今更まとめてみましたw 今回は、 わらしべという言葉に込めた想いについて、です。
なぜ、わらしべ?
「誰かにお金をもらった」という感覚を消したかったことがその理由。「もらった」と解釈すると「返さなきゃ」という反応が無意識に出てしまう。これは「もらったものはお金である」という潜在意識からくるものだと思うので、お金ではない何かに表現を変える必要があると思った。
僕は「クリエイティブの可能性」の講義を受けたことはないが、漏れ伝わる情報から察するに、「クリエイティブの可能性」という文脈でこういった行為を表現する適切な言葉はおそらく「バトンを渡す」
だから、お金をバトンという表現にするのが「クリエイティブの可能性」らしい表現だと思うのだが、僕の感覚では人の手から人の手に渡るたびに大きくなったり、広がったりという成長するイメージが欲しいので、バトンではちょっとしっくり来ない。
で、人の手を渡るたびに成長するものって考えって行ったら、わらしべ長者のわらしべが思い浮かんだ。これだ! と思いましてw この言葉なら「返す」という反射から「よりよい物を渡す」という反射になる気がしたんです。
寄付という行為の何に一番納得行かないかというと「どこかへ消えていくイメージ」 なんですよね、個人的には。そのネガティブなイメージを「すこしずつ広がっていく」 イメージに変えたかった。そして参加した学生の意識、努力の方向性を「どうやって返すか」から「どうやって自分なりにわらしべの価値を高め、いつ渡すか」に変えたかった。
クリエイティブな努力を
「35000円貰ったのだから、35000円分位の価値のお礼の方法を考える」
そんなつまらないことに頭を使っていたら、世の中がどんどんつまらなくなるだけ。できるだけ「クリエイティブ」な方向に頭を使うべし!!
そう、そういうことなんです。せっかく「クリエイティブの可能性 東北春合宿」という、何人かは舌噛んで死にかけてる ような長ったらしい名前の合宿なのだから、クリエイティブな方向に頭を使った欲しいんです。
で、クリエイティブって何よ? って話になる。
広告業界の中ではどうやら「クリエイティブ = 広告業」みたいな別の意味が含まれるっぽいので「クリエイティブの可能性」という講義名には、クリエイティブの原義とは若干異なった意味合いが含まれていると思われる。
なので、広告業に関する講義内容なのかな? と講義を受けたことのない僕にはそう思えるのだが、伝え聞く分には「奥底を見せる勇気」「101%理論」等々、とってもイデオロギッシュ でアブラギッシュ な内容の講義だったとかw
「あれはね、石川教だよ(笑)」
そんな事を言われる感じの講義だったらしいw ちょっと聞いてみたいw
まあ、そんな感じの講義だったらしいんだけど、なんでもそうだと思うけどタイトルだとか、講義名、会社名、チーム名みたいなものにはその人が一番大切にしている「何か」が込められていると思っている。だから、最近考えていることは「何故クリエイティブの可能性という名前を掲げたのか?」 そして
なんで「クリエイティブ」 と「自分の奥底」 が石川さんの中ではつながっているのだろう?
ここらへんの事。「クリエイティブ=創造性」と「自分の奥底」これって、結構乖離がある概念のように思える。色々考えてみたんだが、僕の中では直接繋がらなかったので近い意味の別の言葉で再度考えを深めてみる。
クリエイティビティ → オリジナリティ = 独創性
と置き換えて考えてみる。独創とは、漢字の意味を直訳すると「一人で創る」「孤独で創る」って感じか。独 → 唯一 = Unique。ユニークはプログラマなら馴染みのある概念。そんな言葉遊びをしながら何となくわかったことがある。
自分と似た背格好、似た趣味、似た能力の人は沢山いる。でも、それら人としての特徴を一ミリも違わずに持っている人間は世界で唯一ただ一人、自分しかいない。オンリーワンな自分。
言葉にしてしまえばあたり前でよく言われていることだが、結構意外な気づきだった。
そう考えていくと結局「自分というユニークでオリジナルな存在」 を突き詰めて考えることは、オリジナリティ=独創性 を産み出す知恵につながっている のかもしれない、なんて思うように。少なくても石川さんの言う「クリエイティブ」とは自分の奥底にたどりつくことからしか始まらないのだろう。
実はわらしべ長者が生まれなくてもいい
「わらしべ長者があふれかえったら面白いよね」って以前の記事で書いたけど、実はちょっと正確ではない。正確に例えるなら
わらしべを使った伝言ゲームを楽しめればいい
そう、伝言ゲーム。伝言ゲームって「おまえ、そんな勘違いするか!!」みたいなことがよく起こる。でも、だから面白い。個性的な勘違いが重なるからこそ面白い。じゃあ、なんで「伝言ゲームしてくれ」といわなかったの? って話。
それは「あなたの本気」 を引き出したかったから。
意味わからん? じゃあ、ちょっと話を変えよう。
チェックアウトが面白かった理由
チェックアウトの時に感じたことは人それぞれだと思う。僕の個人的な感想を一言で言えば「ただ、ただ面白かった」。でも「何が面白かったのか?」と聞かれると上手く言葉にならない。だから、ちょっと分析してみる。 例えば、自分がチェックアウトの時話した内容を一言一句違わずに文字に落として、友達に見せた時のことを想像して欲しい。おそろく友達はこんな事を言うはず。
「なにいいたいのか、さっぱりわからん!!」
たぶん、ほとんどの人がそんな事を喋ったはずだ。文字にすれば、支離滅裂、起承転結がめちゃくちゃで文章とは呼べないシロモノ。読むのも苦痛でつまらない事この上ないものだろう。
でも、チェックアウトの時そんな事を思った? たぶん、ほとんどの人はこう思ったはずだ。
なぜだかとっても面白い
って。じゃあ、文字にすれば支離滅裂なものが、あの時面白かった理由ってなんだろう? それはきっと
あなたが本気だったから
多分、それだけなんだと思う。
だから逆に言えば何かを面白くしたいのなら、本気を付け加えればいいだけなのかもしれない、って思うようになった。そう考えると本気になって考えられるテーマや目標の設定が重要になってくる。だから「そのわらしべに君達なりの工夫(= クリエイティビティ) をのせて、だれかへ渡して欲しい」っていう目標設定をさせてもらった。 君らなりのひと工夫を創り出すことに労力を傾けて欲しいから。わかってほしいことは、世の中的に価値のある、高い値段の付く成果を出して欲しい、と要求しているわけではない、と言う事。
もちろんそういう成果が出たら素晴らしいし、とても嬉しい。でも、そういう成果が出なかったとしても「悲しいわけではない」と言うことを伝えたい。 だから伝言ゲーム
あなたが本気で考えて出したあなたにしか出せない個性的な勘違い が乗った答えはただそれだけで面白い 本気の勘違いだからこそ面白い
正しい答えが欲しいのではない 価値ある答えが欲しいわけでもない
ただ、面白い答えが欲しい
だから伝言ゲームなんだよね。あなたが本気で迷い、悩み、絞り出した結果は、たとえ世間的にひとかけらの値段もつかないつまらないものだったとしても、僕にとってはまちがいなく面白いものなんです。
僕が冬合宿のチェックアウトの時、心底思った事。それは
あなたの本気はただそれだけ面白い
いつかその時がくるまで
と、熱く語ってみたものの受け取る側からすれば「ぶっちゃけうざくね?」という所はきっとあるはずw
重すぎだろー、的なw まあ、そんなあなたに贈る言葉。
罠にかかっちゃたんだからあきらめな (笑)
…
と、いうことで、少し真面目な話を。
とはいえ、重たいものを乗っけられたのは事実だと思う。でもそれは「いまから復興のために働け」というたぐいのものではなかったはず。ただひたすら
「あなたは何を思う?」 「あなたは何を感じる?」 「あなたはこれからどう生きていきたい?」
「自分とは何者なのだ?」「自分は何がしたいのだ?」という別種の重たい問いだったはず。その問いの結果「復興の為に何かするぜ!!」という自分なりの本気の答えが生まれるのならそれはそれで嬉しいしありがたいことだと思う。でも、そういう答えが出なかったとしても悲しいわけではないんです。そこは、わかってほしい。
震災復興系のことに関わっていると、誘い込みに必死過ぎるように見えるから新興宗教っぽい勧誘をしたがっているように見られることがよくある。まあ、そんなふうに見えるよね、とは思っているので否定はしないんだけど、ちょっと違うんだよね。
実際に現地に行ってみる事で、この問題は「東北という地域限定の問題なのではなく日本全体の問題なのだ」ということに気がついてくれるだけでいいんです。
もうひとつは「ボランティアという言葉に感じている違和感」について、実際体感することを通じて自分なりに深く考えてみることは、自分の働き方やこれからの日本について考える上で重要なことだと個人的に考えているので、そのきっかけになりさえすればいいんです。これについては後でまとめようかと思っています。
ぼくにとってはそっちのほうがずっと重要なので相対的にガテン系ボランティアをdisる結果になっていますw いろいろとごめんなさい
実際問題、関東の人間でも東北に行くのは一大決心が必要。
ましてや関西や九州とかならなおさら。
だから人様を焚き付けて、無力感を持ち帰るだけの結果に終わる事に参加させる気には僕にはなれない。でもこの合宿は「考えるきっかけ」を強く刺激してくれる。もっと正確に言えば「考え続けるきっかけ」が強く刺激される。
そしてその考える対象を「震災復興」ではなく「自分の奥底」に置いている
ここがとてもすごい。なぜなら「震災復興」について他人ごとでいることはできても「自分の奥底」とは無関係ではいられないからと思うから。
「震災復興にかかわるかどうか」については副次的 なことなんです。自分の奥底と向きあった結果、震災復興に関わりたくなったら関わればいいんです。それだけなんです。復興にかかわらないことは悪いことでもなんでもないと個人的には思っています。というより、復興の問題を「被災地 = 地域限定」 の問題と限定して考えていることが問題なんだと思っています。
一番重要なことは現地をみて、話を聞き、感じたことを対話することで「あなたが本当に大切にしたいものが何であるかに気がつくこと」 なんです。
そこから何が生まれても、何に繋がってもいい。日本というスケールで考えた場合、日本のどこかで何かが生まれる、生まれ続けること のほうがずっと重要だと思うから。
いろいろ考え続けた結果として動き出す人間もいるし、悩んだままの人もいる。そのことについて色々と消化しきれないもやもやを抱えることになると思う。「自分が動き出せない理由はなんだ?」「その違いってどこから来るのだ?」そんな問いを抱えてしまうのかもしれない。でも、僕はここらへんについてこんな風に思っている。
その差とは、感性の差でもないし、情熱の差でもない。 ましてや、勇気の差でもないし、能力の差でもない。
ただ、ただ タイミングの差 なのだと思う
あなたにとっての「その時」とは「今ではないだけ」なんだ、きっとね。たぶん、それだけの違いなんだと思う。「自分にとってのその時とは 今なのだ!!」と勘違いできるようになるには、いくつかの偶然やいくつもの勘違いが重ならないとなかなかそんな状態になれない。いわゆるヘブン状態 な。
そのおかしな境地 に至るまでには「合宿に参加した」というだけでは足りないんだと思う
あといくつか足りない。その足りないものは、きっと人それぞれ。人との出会いなのかもしれないし、お金かもしれないし、時間なのかもしれない。いづれにせよ、なにか足りない。
その足りないものが、どのように埋まるのか? いつ埋まるのか? それはきっと誰にもわからない。
一年後かもしれないし、10年後かもしれない。死ぬ間際に急に訪れるのかもしれない。
でも多分考え続け、ほんの少しでも動き続けていればいつかは埋まり、あなたにとってのその時がくるんじゃないかと思う。
だから、この合宿参加をきっかけに いつかくるかもしれない その時 に対する感性が高められたのなら、それだけでいいんじゃないだろうか、と思っている。
最後に
あいかわらずの長文すいませんw 長々と書きましたが、最後に僕の願いを短くまとめます。寄付という行為に託した想い、それはお金の形をしたわらしべに、貴方の奥底の本気からしか生み出せない 「クリエイティブの可能性」を添えて、いつか誰かに手渡して欲しい
そんな事。手渡しってとこ重要! テストに出るよ!! まあ、今回は手渡しじゃなかったけどw 合宿を通じて本気というものが、ただそれだけで面白いものなんだってことに、改めて気がついた人も多かったと思います。僕もその一人。ただ、それまでは 正しい本気 や 価値ある本気 にしか意味は無いものだと思っていたけど、合宿後は質も色も関係はないのかもしれない、と思うようになった。 何故なら、どんな色をした本気でも らしさあふれる本気 から生まれてくるものは、世の人にとってひとかけら価値のないものであっても、僕にとっては最高に面白いものであることに気がついたから。 そんな本気がたくさん生まれるようになれば、世の中はどんどん面白くなる。 報告会での様子を見る限りでは、そんな願いが叶う時は、そう遠くはない … かな(笑)
プログラマーズログから一般向け記事を移行
はてなで書いているプログラマーズログ は、当初プログラマ向けに記事を書く予定だったのですが、完全なまでにプログラミングとは関係ない記事ばかり書いているので、一般向け記事をこっちのBLOGに移行しようと思っています。 はてなからTumblrへの移行はこのページ を参考にしました。
春合宿に参加した学生達へ
昨日で俺的激アツイベント である東北春合宿が終わりました。 参加した皆様、一日たってどんな感じでしょうか? 興奮冷めやらぬ、って感じになっていると嬉しい限りです。さて、いい機会なので「なんでお前はそんなに熱心やねん!!」的疑問について答えておきたいと思います。 一つの理由は「最終日が4月9日であった」こと。そこら辺に関しては前記事の この一年をふりかえる で触れたので割愛。後いくつか理由があるのですが、一番の理由は、現地に行ってみて「今しか感じられないことが沢山あった、と痛感したから」 まずは、そこらへんの事を昔話から。
今この時にしか感じられない事を君達へ
この春合宿、時期が時期だし全然人集まらないんじゃないかと思っていたんです。しかし、蓋を開けてみるとありがたいことに募集以上の参加者が集まった為、予想外のいけない人たちが出てしまう自体になりました。さて困ったと考えた結果、その人達を引き取って僕がGWにでも合宿を計画しようか、と一時期思うように。が、寄付金集めが難しそうなので一旦あきらめました。しかし、それから色々考えた結果、最終的には「この際自分で100万円出してみるか?」と思うようになった。だいぶ病気が進んだ感じである (笑) でも、10年後に100万円を使って、今この時と同じだけ心に残る経験をさせられるだろうか? ということを考えれば、いま100万を使うことは凄く安くて効果的なことのように気がしてきたんです。そう思えるようになると、今後10年で10万円多く稼げばいいだけの話だと思えるようになった。 「よし、やっちゃうか」 と、思ったものの、2つのことを同時に進められないアホの子なので、やり始めてしまったらシステム制作そっちのけで合宿に集中してしまうであろうからやるにしても夏か秋にしようと思い直し、春合宿は側面支援することにしました。 ただ、この「100万円全部出したるわーー」という覚悟を持てたので相対的に3万5千円が安く思えるようになり、気持よく寄付することが出来るようになったところはあります。勘違いしてほしくないのですが、貯金はあるけど基本ビンボー人です。だから、100万円はかなり大金です。3万5000円だって大変です。明日から当分は三食TKG(卵かけご飯) でしのがなければなりません。本当です。命がけの寄付なんです!! でも、そこで100万円だすことでお金稼ぎにいまいち真剣になれない自分を追い込んでみるのもいいかもしれない、と思うところがあってそんなやんちゃなことをしてみようかと一時思いました。今はやっぱりシステム運営資金としてとっておいたほうがいいだろう、とちょっと冷静になっています(笑) そうまで思い込めた理由はやはり今しか感じてもらえないことを、今体感してほしいから 今なら東北が君達を大きく成長させてくれるかもしれないから でも、今、お金がない(笑) 今ほどお金稼ぎに真剣に取り組まなかったことを後悔したことは無いです、真面目に。
僕が経験して来て欲しかった事
僕がこの合宿で経験して欲しかったことは主に2つ。夜のダイアログ と最終日のバスの中のチェックアウト 。「ボランティアはどこ行った?」と言う件に関してはオトナの対応でお願いいたします。 学んで欲しかったことは 。。。 なんだろう(笑) 実は 。。。 特に無かったりする(笑) というのも、それらさえ経験できれば、きっと「何かを学びたくなる」から。学ぶ対象は何だっていい。学びたいという情熱が出てくるだけでいい。僕だってこの合宿で何を学んだのかうまく説明できないのだから「この合宿でこれこれを学んできて欲しい」とは明確に言えない。だから「行けばわかるさーー by 猪木」 なのですw さて、ここらへんで僕が事前に参加学生に送ったメッセージの意味について説明しておきます。僕は春合宿参加の学生に対して以下のようなメッセージを個別に送りました。もちろんコピペです ドヤ
僕は冬合宿に参加者なんですが、当初はただのボランティアツアーだと思って参加したけど、予想外に面白くたくさん学べる合宿だったので、今回は寄付にて支援させていだきました。 3/11の事を自分なりに消化するという事は、結構大変なことだと思うけど、やっぱり大事だと行ってみて痛感した。特に自分の言葉で語れるようになっておくことは大事。それには、全身で体験するのが一番簡単で、得るものが多いと参加してみてよくわかった。 この合宿では同じ体験をした別の参加者の意見を沢山聞けるので、その他者の意見を自分なりに消化することで自分の言葉が豊かになっていく、そんな不思議な体験をすると思う。冬合宿参加者はそのことを「ミルフィーユのように重なった」と表現した。本当にそんな感じの感覚を得るので、学びが倍化していく不思議な幸福感を得られると思う。 なので、一つのアドバイスできることがあるとすれば、参加した全員、特に社会人に全員話しかけるくらいの勢いで行ったほうがいい、という事。僕はこれを積極的にしなかったので、今頃になって後悔してたりする。 いろいろな人がいろいろなことを考え、感じながら生きているって事が肌感覚で理解できるようになるし、それらの言葉が折り重なって積み上げられ自分の成長を感じられるようになるから、きっといい経験になる。頑張って
。。。メッセージ長っっ !! いつものことです、ごめんなさい。要約するとガンガン話しかけろ inspired by ドラクエの作戦 と一言要約できる位のうっすいメッセージなのですが「デキるわ・た・し」を演出したかった為に長文になりました、ええ。実は、僕が結構なデキ女 であることは隠したかったのですが、能ある鷹は爪隠せないものですね、テヘペロ。 そんな事はさておき、こんなメッセージを送った理由は、ダイアログとチェックアウトをより意味があるものしたかったからです。 僕がこの合宿で面白いと思った一番の点は、表面的にはボラツアにしか見えないが「自分と向き合う」「自分の命の使い道を真剣に考える」というような目標を持った「学びの合宿」であるという点、でした。個人的な考えになりますが、その目標を達成する為に重要だと思えたことは この合宿の創始者である石川さんの言葉を借りれば「自分の奥底を見せる勇気を持つ」 事 裏部隊のリーダーである辰濃さんの解釈を借りれば「自分の奥底を知る」 事 僕なりに表現をすれば「誰かの本気にふれる」 事 多分こんな事が必要なのだろうと、いまのところ考えています。 さて、だとすれば「自分の奥底を知る」にはどうしたら良いのか? 僕なりの答えは「自分の心と他人の心がどう違うのか?」 を知ること。 外国に行くと日本の良さに気がつく、とよく言われます。常識が違う土地にいると当たり前だと思っていた事が実は違うんだ、と言う事に気がつき「当たり前であることの良さ、凄さに気がつく」 からなのでしょう。 この考え方を応用すると、自分の心の中での常識、当たり前が何であるか? を知るには、他人の心に触れることが近道かもしれない、と言える気がします。つまり「他人の奥底を知る → 自分の奥底を知る」そんな方法。だとすれば、他人の奥底がどこにあるのか、という距離感を知るために他人と多く、そして深く話す必要があるはず。そしていろいろな人、出来れば全員と話しあえば、奥底を見せる勇気を持てるようになるのではないか、と考えた。で、ガンガン話しかけろ、コノヤロウ!! by 猪木 という結論に至った、というわけです、ええ 。。。 長っ!! まあ、濃密な3日間とはいえ「いきなり奥底、ご開陳」 ってな事になる人はあまりいないでしょう。冬合宿の僕らがそうであったように、これからもそれなりに会う機会があるでしょうから、すこしずつゆっくりと知りあっていけば良いと思います。 さて、行ってみて、経験してみて、五感で感じてみて、どうだったでしょうか? 楽しかったですか? 楽しかったのなら、支援者冥利につきるというものです。 とにかく、参加学生に言いたいことは この怪しげで宗教がかった合宿 に、勇気を出して参加してくれてありがとう(笑)
かねは天下の回りもの
さて、そろそろこの命がけの寄付(笑) を受け取ることになった学生達へ、僕の個人的な想いを。このお金はあなた達にあげたものではありません。一時的に預けただけです 僕が欲しいものは君たちの感謝ではありません、君たちの成長です さあ、いきなり上から目線の高飛車発言きましたよ(笑) まあ、あれです。昔の人は「かねは天下の回り物」といっています。面白い言葉だと思いません? ぼくはそう思っているので、このお金をその天下の循環に返すために君たちに一時的に預けようと考えました。だから僕にとってこのお金は寄付金ではないのです。偶然君達に託すことになっただけのものです。 普通に行けば君たちの残りの人生は僕の人生より長い。 その人生の中で「今この時こそ、君たちを大きく成長させる時だ」 と、君達が心の奥底 から思えるような時が来たら、僕が託したこのお金を君達が成長を願う見知らぬ誰かに渡して欲しい。 何年後でも構わない。 冬合宿に参加したあの子達が連れてきた君達だからこそ安心して託せる。 全くつながりを持たず参加した子もいるだろう。 そんなあなたはきっと勇気と優しさを持っているに違いない。素直にそう思える。 だからやはりあの子達が連れてきた子達と同じように安心して託せる。
小さな幸福のつながりを君達から
色々なニュースに触れるたび「不幸が連鎖しているな」と思うことがよくあります。悲惨だからニュースになる、ということもあるのでしょうが、なんだか世の中がどんどんと暗くなっているような錯覚に陥ってしまう。とはいえ、どこで起こるかもわからない不幸の連鎖を止められる力があるわけでもない。 でも、最近強く思うのは、不幸の連鎖を止めることに頭を使うのではなく、幸福の連鎖をどうやって引き起こすかに頭を使ったほうがいいんじゃないか、という事。 この寄付もその試行錯誤の一環。つまり、このお金が小さな幸福の連鎖の始まりになって欲しいのです。だから君達に託した。本当にそう思っているのだと伝えたいから、お金にメッセージを添えて託すことにした。僕が寄付をした一番の理由。 だからあのお金は君達へ与えた寄付 なのではなく、君達に託したわらしべ なのです この君達に託したわらしべから、小さな幸福のつながりが始まり、そしてつながり続けることで終わりのない不幸の連鎖が気にならなくなる日本になってほしいと願っている。 だからこのわらしべに君達なりの工夫を乗せ 、まだ見ぬわらしべ長者へと渡して欲しい。何年後でもいいから。 それが、僕の願いであり、この寄付に賛同してくれた多くの人たちの願いだと思います。 そんな、わらしべ長者があふれかえる日本になったら楽しいと思いませんか? この合宿での出逢いを機に、そんな面白い形をした日本を一緒に創って行けたら、と思っています。 本当に参加してくれてありがとう。
この一年をふりかえる
このブログを書き始めて明日でちょうど一年になる。いい機会なのでいろいろと振り返ってみようと思います。大体の流れは前回の記事( 311fromjapan の取り組みに寄せて ) でおおむね説明したので割愛したい。 大きめの変化起点は2つあります。
ダジャレクラウドプロジェクトの出会い
一つ目は 2011/5/21 に Hack for japan 主催のハッカソンに参加し、ダジャレクラウドというプロジェクトに参加したこと。 ここらへんの経緯は今までのBLOGに書いていたとおりです。現状は公開状態ではあるものの積極的に活動しているわけではないので、残念ながら停滞状態としているといえます。個人的には今まで思いついたアイデアをなにかしらの形で実現したいので、余裕ができたら再起動をかけたいと思っています。 いまはダジャレクラウドを発展させるためにアイデアを考えていた時に思いついた、より重要だと思えるサービスの開発に注力しています。サービスの内容はまだ詳細には語れませんが、新しい形で薄く広く寄付を集めるシステムを作っています。一般公開を6月位に予定しているのでそれまでお待ちいただければ、と思っています。
SocialShiftな人達との出会い
2つ目は、2011/7/4に SocialShiftというイベントに参加したこと。このイベントはIT系ではなく、震災復興色も薄かったように思えたので、最後まで行くことに悩んだのですが、結果的に今まで参加した数多くのイベントの中で一二を争う参加してよかったと思えたイベントになりました。 このイベントで出会った人とは、なにかしらの形で縁が続いてたりするので不思議です。「つながり」を重視する人たちばかりだったからなのかもしれません。 ここから助けあいジャパンにつながり、冬合宿につながったので、やはりこのイベントはこの一年ではターニングポイントなのです。最もこのイベントに参加しようと思った一番の理由は HackForJapan で出会った人が参加していたから参加を決めたので、結局 HackForJapan からの始まりです。 そして、この一年で最大のインパクトだった冬合宿の第三弾である春合宿に2番目に行って欲しかったのも彼で、実際参加してくれました。縁が続き、回っています。不思議ですね。
心が大きく変化した一年
心が大きく変化したと思えたのは3回。最初はこの一年内ではないものの変化の起点になった2010年11月末。この時がたぶん僕の人生の中で一番怒った時で、その事がきっかけで今までの発想、考え方を変えようと心から思えるようになった。2回目は最も喜怒哀楽の振幅幅の大きい状態になった2011年9月末。いずれも心の限界線を超えたな、と思えた時。心が成長した時、といっていいかもしれない。 3回目は冬合宿を含む1週間近くの東北滞在。特に感情の限界線を超えたということは無かっただけど、色々考えさせられた一年の締めくくりとしては最高のものだったと思えた一週間だった。 2011年は学びの年にしようと、オープンソースとして公開できるものを目指して色々と作り始めたり、学びを再開し始めたが、震災でいろいろといい意味で吹っ飛んでしまった。自分のためだけの事をやっている場合か? と。そんな感じで3月中は色々考え迷走したが、4月になって「まあいくら考えたって無駄だな」と、無理やり自分を説得し考えることをやめようとした矢先、偶然LTに遭遇する。 あんまり神様とか信じない方だけど、タイミングがタイミングだったのでこれはなにか意味があるのかもしれない、と思え、それ以外の色々な思いも重なったことで少し行動を変えて見ようと思うようになった。 手始めにこのBLOGを書き始めた。一ヶ月くらいザァーーーと、考えていることを一気に書いて行くと不思議なもので、書き終わった頃には「なんかやってみよう?」という感覚になり、復興系のイベントに参加するようになった。その後はBLOGに記しているとおり。
この一年で何が変わったのだろう?
2011年は学びの年にしようとは思っていた。ただその学びの対象はIT技術に関するものにするつもりだった。そこら辺に関する学びはいまいちに終わったが、その奥にある「なぜIT技術を学ぶのか?」のような根本の問いに対して向き合うことができたので、結果的にではあるけどより良質な学びの一年にはなったと思う。 Hack for japan の活動を通じて考えさせられたことは「必要とされるサービスとは何か?」という事。他にも色いろあるけど割愛。僕は初参加当初からハッカソンベースでスクラッチから作るようなアプリのニーズがあるとは思えなかったので、だいぶ色物系、変化球アプローチのダジャレクラウドプロジェクトに参加した。 しかし、色物、変化球であったが故に本質的な問い突き付けられた。「被災地支援とはどういうことだろう?」 「サービスってなんだ?」 「人に使ってもらえる、とはどうゆうことだろう?」 SIをしていた時にはあまり考えなかったこと、というより考える必要がなかったといえばいいだろうか。ユーザは決まっていたし、ある意味要求通りに作っていさえすれば、使ってもらわなくても構わないシロモノだったから。 もっとも「サービスとは何か?」の方に意識が向かい過ぎたため、あまりコードを書かないで、企画だとかプレゼン資料だとか、文章だとかばっかり書くようになった一年になってしまいましたが(笑) 最近はそこらへんも落ち着いたので、コードを書く量が増えたので開発が進むようになりました。本当、合宿参加者向け記事とか書いてる場合じゃないっすよ(笑) ってな感じですが、書かずにはいられなかったので書いてしまいました。 いろいろな変化があったとは思うけど、結局同じところグルグル回っただけで進歩自体は無かったかもしれない。だから何も変わっていない気もするけど、でも僕にとっては良い一年だと思える一年だったのでヨシとしたい。
つぎの一年で何をしたい?
情けないことだが、こんなふうに次の一年をどうしたい? 的なことを考えたことはいままで殆ど無かった。ダメ人間にはダメ人生が似合っていると思っていたから。でも、この一年を振り返ると自然と次の一年はどうしよう? と言う気持ちが沸き上がってくるから不思議です。多少はまともな人間になれたということだろうか? 変化の始まりは偶然聞いてしまった「誰かの本気」からだった。それは去年の今日4/9の確か18時頃。そして、春合宿の最終日で一番熱いイベントであるチェックアウトも同じような時間帯。このチェックアウトは春合宿参加者の最も心に残る時間になり、ゆえに忘れられない特別な一日になることでしょう。なぜなら、春合宿参加者全員が「誰かの本気」に触れることになるだろうから。 数奇な偶然ですね。こういった日程的な偶然もあって春合宿に対しては他の冬合宿参加者の人よりちょっと強い思い入れがあって、推薦記事とかこのあとに書く春合宿参加者向けの記事を書いていたりします。 僕は前記事でこんな事を書きました。
「これからの日本にとって重要なことは、一人の優秀なリーダーが日本を “Change” させる事ではなく、国民一人一人が小さな一歩を踏み出すことで、日本全体が “Shift” していくこと。それこそが重要」
気がついている人は気がついているでしょうが、この言葉はこの春合宿のファシリテーターである野田さんの話を僕なりに短くまとめた言葉です。つづいてこんな事を書きました。
日本全体が大きく傷ついたのだから、国でも個人でもあの日以前と同じやり方、同じ努力をしていては「あの日以前に戻ることすらできない」ということをいいたいのです。 日本人一人一人が、あの日から半歩前へ進むことでしか、日本の未来は ”Shift” しないのだ、と言いたいのです。
震災後から考えてはいましたが、特に冬合宿参加後に日本の未来だとかをよく考えるようになりました。 「日本の未来」と言ってしまうと、誰か偉い人や有能な人しかかかわれず、普通の人間にはものすごく他人事のように思えてしまう、というのが正直なところだと思います。でも思うのです。自分と「日本の未来」とは、本当に無関係なのでしょうか? 「失われた20年」などとよく言われます。失われたと言う表現が的確かどうかはわかりませんが「停滞した、止まった20年」であるとはいえそうです。原因を政治や経済政策に求めるなら、原因は幾つでも見つかりそうです。しかし、見つかったすべての原因を誰かが解決できたとして、本当に日本の未来は良くなるのでしょうか? なんだか、僕にはそうは思えないのです。「自分と日本の未来」が無関係でないとしたら、日本の未来が止まっていた理由は 「自分が日本に対して止まっていたから」なのでは? 最近良く思うことです。だとするなら、日本の未来を変えるために必要なことは、自分の日本に対する考え方や心を少し変えてみることなのかもしれない。
今より半歩前へ
小さな変化で良いのです。いきなり大きく変わる必要などないのです なぜならその変化が少しずつつながり、共鳴し続くことが一年も続けば自然に、しかも大きく変わるのですから。だから最初は小さくて良いのです。大切なことは臆病な一歩を踏み出すきっかけに出会うこと。 その為に、僕ができることの一つは、小さな変化のきっかけと巡り合うチャンスを増やすWebベースのシステムを作ること。もう一つは、春合宿のような臆病な一歩の受け皿になり、小さな変化の共鳴が起こり続けるコミュニティが自然に生まれるようなFace to Faceベースの仕組み作り。そんな事に今年一年取り組めたら良いと思っています。 やはり日本は面白い国だと思うのです。だから、衰退することは仕方ないにしてもつまらない国になってしまうことには、どうしても納得できないのです。これからも面白い国であり続けて欲しいと心から思います。その為にできることを少しずつ。 この一年をそんな風に過ごせたら。。。 それが今年一年の目標です。
311fromjapan の取り組みに寄せて
311fromjapan の取り組みに対してメッセージを書いたのだが、英語での情報発信のプロジェクトなのに、日本語で長文を出すことはさすが気が引けたのでタグを外した文をそのまま載せます。 — 一年前の震災時、僕は東京の自宅でプログラミング中だった。その衝撃の後TVでの津波の映像に釘付になり、何も手がつかなくなくなり、ただ情報を眺めるだけの無為な時間を過ごした。 しばらくして、沢山の情報を探したり、集めたりするようになり、なにかできることは無いかとを探し続け、考えつづけた。そんな風に何もせずに3月を不毛にすごしてしまった。 それだけ悩んだにもかかわらず、結局僕程度の人間には何もできないだろうと諦め日常に帰ろうとした。4月からはすべてを忘れるため、情報一切をシャットアウトした。 日常に帰るためにまず最初にしたことは知り合いが共催していた4/9の勉強会への参加。しかし、その勉強会後のLTで偶然「私は故郷のために何かをしたい」という本気のメッセージに触れ、再び考え込むことになる。 「何もしなくて本当にいいのだろうか?」「本当に僕には何もできないのだろうか?」「自分の故郷はどこ?」 そんなとりとめもない想いがグルグルと回り始めて止まらなくなる。そして、どうしても抑えられないある感情に気がつく。 「自分の故郷は日本である」そんな感情。「東北が傷ついている」そう考えたら、僕は残念ながら本気にはなれない。なぜなら、僕の故郷は東北ではないから。でも「日本が傷ついているのだ」と思った時、もうどうにもならなくなった 「とにかくプログラマとして、できることを探そう」そう考え、BLOGを書き始めたり、震災復興系の色々なイベントに参加。いくつかのアイデアが浮かんだが、どれもいまいち。しかし、活動を続けるうち物になりそうな一つのアイデアを思い浮かぶ。 その後アイデアを実現するシステムを、周辺状況が整理できた10月半ば位から作り始めた。紆余曲折あったがとりあえず形になったので、そのシステムを本日ある組織向けにテスト公開した。このシステムを育てることがこの一年の目標だ。 昨年一年はジタバタ走りまわったものの、結局は一歩も進めていなかった一年だったと思う。もうちょっと違うやり方をすれば一歩くらいは進めたはずなのに、と思う一年だった。 ある友人は言う。「これからの日本にとって重要なことは、一人の優秀なリーダーが日本を “Change” させる事ではなく、国民一人一人が小さな一歩を踏み出すことで、日本全体が “Shift” していくこと。それこそが重要」 ある友人は言う。「大企業に勤めている自分には一歩を踏み出すのにはとても勇気がいる。一歩を踏み出した友人達を横目に見ながらずっと悩んだ。悩んだけど、やっぱり一歩踏み出すのは難しい。。。 でも半歩ならできるかも」 そんな想いや迷いに触れながらシステムを作っていた。ふと思う。「僕は何故このシステムを作っているのだろう?」彼らの言葉がグルグル回り始める。 4月に入っての僕がそうだったように、多く日本人は問題の巨大さに戸惑い、自分ができそうなことを見つけられずに、あの日以来これら問題に対して心を止めてしまったように見える。 僕だって偶然に出会わなければ、心を止めてしまった一人になっただろう。人のことは批判できない。でも思う。これからも日本人として生きていく以上、どうやってもこの問題から避けて生きることはできない、って 一年前、世界の人々は日本に対して祈りを捧げてくれた。でも、後数年もすれば、彼らは祈りではなく質問をするようになるだろう。「アレからどうなった?」って。その時、あなたは一人の日本人としてどう答えますか? 「優秀なリーダーが現れなかったので、あまり復興していません」でしょうか? それとも「私は直接関係なかったので何もしなかったが、予算は沢山ついたみたいなのでそれなりに復興した」でしょうか? 「何もしないのなら、ボランティアにいって直接東北支援してこい!」というようなことを言いたいのではないのです。 日本全体が大きく傷ついたのだから、国でも個人でもあの日以前と同じやり方、同じ努力をしていては「あの日以前に戻ることすらできない」ということをいいたいのです。 日本人一人一人が、あの日から半歩前へ進むことでしか、日本の未来は ”Shift” しないのだ、と言いたいのです。 とはいえ、ただでさえ働き過ぎ傾向にある、日本人に更に働けというのは酷なことです。だから、1%位の協力を薄く広く集めて形にするにはどうしたら良いか? を考え続け、このシステムを思いつきました。 実際、このシステムが役に立つのかわかりません。でも、祈りを捧げてくれた人たちに対して「いろいろやったけど、何一つ物になりませんでした」と言えるくらいにはなりたいと思って頑張っています。 僕の今年の目標は「このシステムを通じ、2011/3/11 以前の日本から半歩前へ進ませる事」 それが、世界中の人々が日本に捧げてくれた祈りに対する、僕がプログラマとしてできる返礼だと想い、この一年を頑張るつもりです。 最後に。沢山の祈りにありがとう。